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年持ち、五年持ち十年持った以上は生涯(しょうがい)持たねばならぬと思っているらしい。随分呑気(のんき)な事である。さてその因縁(いんねん)のある毛布(けっと)の上へ前(ぜん)申す通り腹這になって何をしているかと思うと両手で出張った顋(あご)を支えて、右手の指の股に巻煙草(まきたばこ)を挟んでいる。ただそれだけである。もっとも彼がフケだらけの頭の裏(うち)には宇宙の大真理が火の車のごとく廻転しつつあるかも知れないが、外部から拝見したところでは、そんな事とは夢にも思えない。
煙草の火はだんだん吸口の方へ逼(せま)って、一寸(いっすん)ばかり燃え尽した灰の棒がぱたりと毛布の上に落つるのも構わず主人は一生懸命に煙草から立ち上(のぼ)る煙の行末を見詰めている。その煙りは春風に浮きつ沈みつ、流れる輪を幾重(いくえ)にも描いて、紫深き細君の洗髪(あらいがみ)の根本へ吹き寄せつつある。――おや、細君の事を話しておくはずだった。忘れていた。