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六 - 5
よ、文金(ぶんきん)の高島田(たかしまだ)に髪を結(い)いましてね」「へえー」と細君はあっけに取られている。「這入(はい)って見ると八畳の真中に大きな囲炉裏(いろり)が切ってあって、その周(まわ)りに娘と娘の爺(じい)さんと婆(ばあ)さんと僕と四人坐ったんですがね。さぞ御腹(おなか)が御減(おへ)りでしょうと云いますから、何でも善いから早く食わせ給えと請求したんです。すると爺さんがせっかくの御客さまだから蛇飯(へびめし)でも炊(た)いて上げようと云うんです。さあこれからがいよいよ失恋に取り掛るところだからしっかりして聴きたまえ」「先生しっかりして聴く事は聴きますが、なんぼ越後の国だって冬、蛇がいやしますまい」「うん、そりゃ一応もっともな質問だよ。しかしこんな詩的な話しになるとそう理窟(りくつ)にばかり拘泥(こうでい)してはいられないからね。鏡花の小説にゃ雪の中から蟹(かに)が出てくるじゃないか」と云ったら寒月君は「なるほど」と云ったきりまた謹聴の態度に復した。

    「その時分の僕は随分悪(あく)もの食いの隊長で、蝗(いなご)、なめくじ、赤蛙などは食い厭(あ)きていたくらいなところだから、蛇飯は乙(おつ)だ。早速御馳走になろうと爺さんに返事をした。そこで爺さん囲炉裏の上へ鍋(なべ)をかけて、その中へ米を入れてぐずぐず煮出したものだね。不思議な事にはその鍋(なべ)の蓋(ふた)を見ると大小十個ばかりの穴があいている。その穴から湯気がぷうぷう吹くから、旨(うま)い工夫をしたものだ、田舎(いなか)にしては感心だと見ていると、爺さんふと立って、どこかへ出て行ったがしばらくすると、大きな笊(ざる)を小脇に抱(か)い込んで帰って来た。何気なくこれを囲炉裏の傍(そば)へ置いたから、その中を覗(のぞ)いて見ると――いたね。長い奴が、寒いもんだから御互にとぐろの捲(ま)きくらをやって塊(かた)まっていましたね」「もうそんな御話しは廃(よ)しになさいよ。厭らしい」と細君は眉に八の字を寄せる。「どうしてこれが失恋の大源因になるんだからなかなか廃せませんや。爺さんはやがて左手に鍋の蓋をとって、右手に例の塊まった長い奴を無雑作(むぞうさ)につかまえて、いきなり鍋の中へ放(ほう)り込んで、すぐ上から蓋をしたが、さすがの僕もその時ばかりははっと息の穴が塞(ふさが)ったかと思ったよ」「もう御やめになさいよ。気味(きび)の悪るい」と細君しきりに怖(こわ)がっている。「もう少しで失恋になるからしばらく辛抱(しんぼう)していらっしゃい。すると一分立つか立たないうちに蓋の穴から鎌首(かまくび)がひょいと一つ出ましたのには驚ろきましたよ。やあ出たなと思うと、隣の穴からもまたひょいと顔を出した。また出たよと云ううち、あちらからも出る。こちらからも出る。とうとう鍋中(なべじゅう)蛇の面(つら)だらけになってしまった」「なんで、そんなに首を出すんだい」「鍋の中が熱いから、苦しまぎれに這い出そうとするのさ。やがて爺さんは、もうよかろう、引っ張らっしとか何とか云うと、婆さんははあーと答える、娘はあいと挨拶をして、名々(めいめい)に蛇の頭を持ってぐいと引く。肉は鍋の中に残るが、骨だけは奇麗に離れて、頭を引くと共に長いのが面白いように抜け出してくる」「蛇の骨抜きですね」と寒月君が笑いながら聞くと「全くの事骨抜だ、器用な事をやるじゃないか。それから蓋を取って、杓子(しゃくし)でもって飯と肉を矢鱈(やたら)に掻(か)き交(ま)ぜて、さあ召し上がれと来た」「食ったのかい」と主人が冷淡に尋ねると、細君は
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