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六 - 8
)り言(ごと)のように心配した。「何わけは有りません、烏の足を糸で枝へ縛(しば)り付けておくんです。でその下へ行水盥(ぎょうずいだらい)を出しましてね。美人が横向きになって手拭を使っているんです」「そいつは少しデカダンだね。第一誰がその女になるんだい」と迷亭が聞く。「何これもすぐ出来ます。美術学校のモデルを雇ってくるんです」「そりゃ警視庁がやかましく云いそうだな」と主人はまた心配している。「だって興行さえしなければ構わんじゃありませんか。そんな事をとやかく云った日にゃ学校で裸体画の写生なんざ出来っこありません」「しかしあれは稽古のためだから、ただ見ているのとは少し違うよ」「先生方がそんな事を云った日には日本もまだ駄目です。絵画だって、演劇だって、おんなじ芸術です」と寒月君大いに気焔(きえん)を吹く。「まあ議論はいいが、それからどうするのだい」と東風君、ことによると、やる了見(りょうけん)と見えて筋を聞きたがる。「ところへ花道から俳人高浜虚子(たかはまきょし)がステッキを持って、白い灯心(とうしん)入りの帽子を被(かぶ)って、透綾(すきや)の羽織に、薩摩飛白(さつまがすり)の尻端折(しりっぱしょ)りの半靴と云うこしらえで出てくる。着付けは陸軍の御用達(ごようたし)見たようだけれども俳人だからなるべく悠々(ゆうゆう)として腹の中では句案に余念のない体(てい)であるかなくっちゃいけない。それで虚子が花道を行き切っていよいよ本舞台に懸った時、ふと句案の眼をあげて前面を見ると、大きな柳があって、柳の影で白い女が湯を浴びている、はっと思って上を見ると長い柳の枝に烏が一羽とまって女の行水を見下ろしている。そこで虚子先生大(おおい)に俳味に感動したと云う思い入れが五十秒ばかりあって、行水の女に惚れる烏かなと大きな声で一句朗吟するのを合図に、拍子木(ひょうしぎ)を入れて幕を引く。――どうだろう、こう云う趣向は。御気に入りませんかね。君御宮(おみや)になるより虚子になる方がよほどいいぜ」東風君は何だか物足らぬと云う顔付で「あんまり、あっけないようだ。もう少し人情を加味した事件が欲しいようだ」と真面目に答える。今まで比較的おとなしくしていた迷亭はそういつまでもだまっているような男ではない。「たったそれだけで俳劇はすさまじいね。上田敏(うえだびん)君の説によると俳味とか滑稽とか云うものは消極的で亡国の音(いん)だそうだが、敏君だけあってうまい事を云ったよ。そんなつまらない物をやって見給え。それこそ上田君から笑われるばかりだ。第一劇だか茶番だか何だかあまり消極的で分らないじゃないか。失礼だが寒月君はやはり実験室で珠(たま)を磨いてる方がいい。俳劇なんぞ百作ったって二百作ったって、亡国の音(いん)じゃ駄目だ」寒月君は少々憤(むっ)として、「そんなに消極的でしょうか。私はなかなか積極的なつもりなんですが」どっちでも構わん事を弁解しかける。「虚子がですね。虚子先生が女に惚れる烏かなと烏を捕(とら)えて女に惚れさしたところが大(おおい)に積極的だろうと思います」「こりゃ新説だね。是非御講釈を伺がいましょう」「理学士として考えて見ると烏が女に惚れるなどと云うのは不合理でしょう」「ごもっとも」「その不合理な事を無雑作(むぞうさ)に言い放って少しも無理に聞えません」「そうかしら」と主人が疑った調子で割り込んだが寒月は一向頓着しない。「なぜ無理に聞えないかと云うと、これは心理的に説明するとよく分ります。実を云うと惚れるとか惚れないとか云うのは俳人その人に存する感情で烏とは没交渉の沙汰であ
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