四 - 7
(いちる)の冷風(れいふう)が袖口(そでぐち)を潜(くぐ)ったような気分になる。元来この主人はぶっ切ら棒の、頑固(がんこ)光沢(つや)消しを旨(むね)として製造された男であるが、さればと云って冷酷不人情な文明の産物とは自(おのず)からその撰(せん)を異(こと)にしている。彼が何(なん)ぞと云うと、むかっ腹をたててぷんぷんするのでも這裏(しゃり)の消息は会得(えとく)できる。先日鼻と喧嘩をしたのは鼻が気に食わぬからで鼻の娘には何の罪もない話しである。実業家は嫌いだから、実業家の片割れなる金田某も嫌(きらい)に相違ないがこれも娘その人とは没交渉の沙汰と云わねばならぬ。娘には恩も恨(うら)みもなくて、寒月は自分が実の弟よりも愛している門下生である。もし鈴木君の云うごとく、当人同志が好いた仲なら、間接にもこれを妨害するのは君子のなすべき所作(しょさ)でない。――苦沙弥先生はこれでも自分を君子と思っている。――もし当人同志が好いているなら――しかしそれが問題である。この事件に対して自己の態度を改めるには、まずその真相から確めなければならん。