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四 - 8
――金田だけなら博士も学士もいらんのさ、ただ世間と云う者があるとね、そう手軽にも行かんからな」

    こう云われて見ると、先方で博士を請求するのも、あながち無理でもないように思われて来る。無理ではないように思われて来れば、鈴木君の依頼通りにしてやりたくなる。主人を活(い)かすのも殺すのも鈴木君の意のままである。なるほど主人は単純で正直な男だ。

    「それじゃ、今度寒月が来たら、博士論文をかくように僕から勧めて見よう。しかし当人が金田の娘を貰うつもりかどうだか、それからまず問い正(ただ)して見なくちゃいかんからな」

    「問い正すなんて、君そんな角張(かどば)った事をして物が纏(まと)まるものじゃない。やっぱり普通の談話の際にそれとなく気を引いて見るのが一番近道だよ」

    「気を引いて見る?」

    「うん、気を引くと云うと語弊があるかも知れん。――なに気を引かんでもね。話しをしていると自然分るもんだよ」

    「君にゃ分るかも知れんが、僕にゃ判然と聞かん事は分らん」

    「分らなけりゃ、まあ好いさ。しかし迷亭君見たように余計な茶々を入れて打(ぶ)ち壊(こ)わすのは善くないと思う。仮令(たとい)勧めないまでも、こんな事は本人の随意にすべきはずのものだからね。今度寒月君が来たらなるべくどうか邪魔をしないようにしてくれ給え。――いえ君の事じゃない、あの迷亭君の事さ。あの男の口にかかると到底助かりっこないんだから」と主人の代理に迷亭の悪口をきいていると、噂(うわさ)をすれば陰の喩(たとえ)に洩(も)れず迷亭先生例のごとく勝手口から飄然(ひょうぜん)と春風(しゅんぷう)に乗じて舞い込んで来る。

    「いやー珍客だね。僕のような狎客(こうかく)になると苦沙弥(くしゃみ)はとかく粗略にしたがっていかん。何でも苦沙弥のうちへは十年に一遍くらいくるに限る。この菓子はいつもより上等じゃないか」と藤村(ふじむら)の羊羹(ようかん)を無雑作(むぞうさ)に頬張(ほおば)る。鈴木君はもじもじしている。主人はにやにやしている。迷亭は口をもがもがさしている。吾輩はこの瞬時の光景を椽側(えんがわ)から拝見して無言劇と云うものは優に成立し得ると思った。禅家(ぜんけ)で無言の問答をやるのが以心伝心であるなら、この無言の芝居も明かに以心伝心の幕である。すこぶる短かいけれどもすこぶる鋭どい幕である。
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